十字街頭の禅

こんにちは。

Googleが採用している心の整理術、マインドフルネスと感謝の力を組み合わせてあなたのわくわくする夢を見つけその実現を支援しているリボーンメソッドの小西イサオです。

十字街頭の禅

何度かこのブログでもご紹介している白隠慧鶴。

江戸時代、臨済宗の中興の祖として有名な禅僧です。

白隠は、十字街頭の禅を名乗っていたそうです。

十字街頭の禅とは、山にこもって修行だけを行い、悟りを得た後も自分一人でその境地を広めようとしないのはダメで、世の中の一般の人たちに混じり、教えを広めよということです。

それこそが、悟った後の修行になるそうです。

白隠は、数多くの禅画を残しています。

禅画は、一般の方に教えを広めるために描いたものが多く、中でも布袋さんを描いた作品がたくさん残されています。

布袋は、白隠自身の象徴でもあります。

布袋は、実在の人物と言われ、着物をだらしなく羽織って、太鼓腹を見せながら、大きな布袋を担いで街に出たそうです。

そこで、物乞いをして、もらったものを布袋に蓄えていたとか。

それにちなんで布袋と呼ぶようになったのです。

そして、916年にある寺の廊下で亡くなったそうですが、その側に書き残しがあったと言います。

乞食坊主になって、で会う人々に教えを伝えようとしたが、誰も理解しなかった。自分こそは弥勒菩薩の化身だったのだとありました。

メーテルリンクの青い鳥のようです。

探しているものは、目の前にあるのに誰もそれを見ようとしない。

そんな布袋の姿を白隠は、自分と重ねていたのでしょう。

十字街頭の禅、とても共感いたしました。今で言えば、ペイフォワードでしょうね。

<今日のポイント>
十字街頭の禅

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