ドキュメンタリーはフィクションだ

こんにちは。

Googleが採用している心の整理術、マインドフルネスと感謝の力を組み合わせてあなたのわくわくする夢を見つけその実現を支援しているリボーンメソッドの小西イサオです。

ドキュメンタリーはフィクションだ

10月から2ヶ月間、ドキュメンタリー映画作りを学ぶ講座に通いました。

マインドフルネスを広めようと、超久しぶりに監督したマインドフルネス入門映画「きんの魔法つかい」。

この映画は、ドラマであり、フィクションです。

ただ、その後に世界で活躍する俳優で映画監督の梶岡潤一さんと出会い、ドキュメンタリー映画の力を知りました。

そういえば、ドキュメンタリー映画ってほとんど見たことがないですが、見た作品はみんな印象に残っています。古くは「ゆきゆきて神軍」、比較的新しいのだと「スーパーサイズミー!」「ボウリングフォーコロンバイン」などなど。

それで、ドキュメンタリーを学ぼうと通い始めたのです。

もともと、j:comでお店紹介や人物紹介の番組を山ほど作っていました。

あらためて思うと、あれらもドキュメンタリーの一種だったのかもしれないと。

また、今回ドキュメンタリー映画の監督に教わって感心したのが、ドキュメンタリーもフィクションであるという点です。

確かにそうなのです。

映画や番組である以上、撮影した素材を編集して、必要なところを選び、順番を考え、音楽やナレーションを入れて、作っていきます。

そこには、絶対に作り手の意思が入ります。

いや、マインドフルネスを学んでいる方なら、公正中立な立場なんてないことをご存知でしょう。

すべての人は、あなたも含めてなんらかの色眼鏡で世界を見ているのです。

また、カメラが回ると被写体はその役になろうと知らず知らずのうちに演技をしてしまいます。

カメラがなくても、職場の顔、家庭の顔、父親の顔、母親の顔、地域の顔、幼馴染に会う時の顔と人はいろんな役割を演じ分けています。

だから、ドキュメンタリーといえども、真実を公正に映しているとは限らないのです。

そう思うと、ドキュメンタリーがとても面白く思えてきました。

そういえば、番組作りをしていた時もおもしろかったのは、構成を超えたハプニングが起きた時です。

いずれ、マインドフルネスをテーマにしたドキュメンタリー作品を撮ってみようかなと思います。

<今日のポイント>
ドキュメンタリーは、フィクション。

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