【思索】瞑想は思索を重ねることなのか?

こんにちは。

Googleが人材開発に採用しているメンタルトレーニング、マインドフルネスを中心に人生を幸せに自由に生きるコツを広めている小西イサオです。

先日、双子の子供を連れてプロ野球観戦に行ってきました。
球場で見るプレーは、盛り上がりますね。

やっぱり本物は良いですね。

【思索】瞑想は思索を重ねることなのか?

さて、今日は、瞑想についての勘違いを書いてみたいと思います。

というのは、とあるサイトを見ていると、瞑想とは、心を空っぽにすることとタイトルに書いてあるのに、本文中に、瞑想とはそのものに思索をめぐらし深く探求して行くものだと書いてあったのです。

マインドフルネスを訓練している一人として、日常生活において、自動反応でジャッジをしないようにしていますが、さすがにこれには反応してしまいました。

書いているご本人は、全く悪気がないと思いますが、あまりにも矛盾しています。

おそらく、瞑想をやったことがない方が、ネットや本の解説を読んで、つなぎ合わせたのでしょう。この部分以外にも、文脈が唐突すぎるというか、どこかで読んだような記事を無理やりくっつけたような内容が多々ありました。

瞑想は、少なくともマインドフルネス瞑想は、思索をめぐらせるものではありません。

雑念や自動思考、マインドトークをできるだけ連鎖させずに観察するのがマインドフル瞑想です。

そうして、自分の思考のくせや潜在意識に蓄積された自動反応のプログラムに気づいていくことが大切です。同時に身体の感覚に注意を払い、感情は身体と一体であることも理解、体感していくものです。

今回は、瞑想についての記事を取り上げましたが、ネット上にはおかしな記事もたくさんあります。リテラシーがないと、すぐに信じてしまいそうですね。

私の好きな作家の書籍にありますが、「自分の頭で考えよう」です。その記事が正しいのかどうか、自分で調べて考えて欲しいものです。

どうぞ、瞑想中に思索に走ることがないようにご注意ください。

では、あなたの人生が幸せでありますように。

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