【二段階】マインドフルネスが目指すところ

こんにちは。

Googleが人材開発に採用しているメンタルトレーニング、マインドフルネスを中心に人生を自由に幸せに生きるコツを広めている、わくわくプロデューサーの小西イサオです。

【二段階】マインドフルネスが目指すところ

先日、魚醤を購入しました。いわゆる醤油の一種です。
結構良い品物だと思うのですが、匂いが独特です。

私はそれほど嫌な感じを受けなかったのですが、子どもたちは、ぎゃーぎゃーと言って「臭い」と連発していました。

で、その匂いを、双子・兄が例えた言葉がコレ。

「牛の馬糞」

いや、、、牛は馬糞をしません(^_^;)。

さて、臭い話はこれくらいにして、今日は、マインドフルネスが目指すべきところについて書いてみましょう。

マインドフルネスのルーツは、仏教であったり禅であったりします。

つまり、宗教がベースになっているわけです。

余談ですが、宗教は悪いものではありませんが、日本人は特にオウム真理教の事件があってから、宗教に対して良いイメージを持っていません。

特にオウム真理教が使っていたマインドコントロールという言葉とマインドフルネスが語感として似ているので、余計に怪しい印象を持つ人もいます。

そんな宗教がベースになっているマインドフルネスですが、その特徴として、仏教や禅の中から、宗教色を排除して心の整え方の部分だけをメソッド化したことが挙げられます。

このため、マインドフルネスが目指すところとしては、心を落ちつけたり、ストレスを解消したり、仕事の効率が上がったり、共感能力が高まったり、人間関係がうまく行ったり、アイディアがわいたり、集中力が高まったり、リーダーシップが開発されたりといったことになります。

どちらかというと、日常生活や仕事の延長で、いかにそれらを上手くこなすかといったメリットに注目が集まっているのです。

これはこれで、とてもいいことです。GoogleのSIYや精神科医の藤井先生がされている心のトリセツ流 マインドフルネスもこういったところを目指していますね。

一方で、マインドフルネスを訓練するうちに、仏教や禅、唯識などにも興味を持ち、より深い精神修養を目指す人たちもいます。

もはや、ストレス解消が目的ではなく、坐禅が目的といった人々です。

そうなってくると、悟り、涅槃、無我といった宗教的なものに近づいていきます。

これは、非常に深い世界で、私が偉そうに語れるものではありません。

またまた余談ながら、たまに坐禅や瞑想中の神秘体験にとらわれてしまい、それを悟りと勘違いする人もいますが、そんなものはどうでもいいのです。

光に包まれて心地よいとか、体が浮いたように感じるとか、単なる脳の誤作動ではないかと。

そういったものにも、とらわれないこそが大切だと感じます。

ということで、マインドフルネスには二段階あり、深めたいと思えば、いくらでも深い世界が広がっているし、その前段階でも、きちんと訓練さえすれば、とても良い効果が現れると思います。

マインドフルネスは、あやしいとか、怖いと思っている方は、気軽にストレス解消法を習うようなつもりで、習ってみるといいですよ。

では、あなたの人生が幸せでありますように。

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